大河ドラマ「龍馬伝」は岩崎弥太郎の視点

大河ドラマ「龍馬伝」は岩崎弥太郎の視点

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2010年放送の大河ドラマは幕末のヒーロー坂本龍馬を主人公にした「龍馬伝」です。この大河ドラマは当時の経済人であった「岩崎弥太郎」(1835~1885)の視点で見た坂本龍馬を描いていくと言うスタイルを取っています。
そんな重大な役割になっている「岩崎弥太郎」と言う人物をご紹介してみましょう。
岩崎弥太郎は、坂本龍馬が生きていた時代に「海援隊」を創設しましたがその時「経理」を担当していた人物だそうです。坂本龍馬と岩崎弥太郎は同じ土佐藩の出身と言う事から顔を知る様になった様です。
その岩崎弥太郎の活躍ですが、1867年の春に発生した「いろは丸事件」と言う事件が起きたのですが、この事件で坂本龍馬は「損害賠償談判」を提起しました。しかし後日になって長崎で談判が行われた際に、岩崎弥太郎は同じく土佐藩である後藤象二郎と共に坂本龍馬に加勢をして、結果的に紀州藩へ8万3000両と言う、その当時では物凄い大金を支払わせる事として同意させたと言う立役者です。
そんな金銭面で大活躍をした岩崎弥太郎は、坂本龍馬が暗殺された後「海援隊」が解散したのですが、土佐藩が大阪に開業させた「九十九商会」を取得して「海援隊」の後進として「三菱商会」と改名をして創設したそうです。岩崎弥太郎は「三菱商会」の創始者と言う事になります。この「三菱商会」はその後色んな遍歴を経て1885年に「日本郵船」として新発足しました。これは岩崎弥太郎が死んだ後の話になります。

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