坂本龍馬

「坂本龍馬 幕末歴史検定」

2008年に放映された大河ドラマが「篤姫」だった事もあり、にわかに幕末ブームが漂う昨今、今や「歴ドル(歴史アイドル)」なんて言葉も登場した程、幕末が今人気になっています。
そんなあおりを受けてか、2008年11月16日(日)「坂本龍馬 幕末歴史検定」と言う坂本龍馬が生きた幕末を中心とした検定が行われました。
開催地は首都東京を始めとして京都、長崎と言った坂本龍馬ゆかりの地で行われているのもユニークな事だと思います。
なんとなくですが歴史の検定があるのは分かりますが、坂本龍馬個人を題材にした検定があるのはとてもユニークな事だと思います。それほど坂本龍馬の人気と言うのは物凄いと言う事なのでしょう。
第1回目に行われた検定の時には、会場に多くの人が集まり自分こそが「龍馬命」と言う様な感じの雰囲気も感じられたようです。
亀山社中をもじった「全国龍馬社中」と言う所が主催する検定ですが、その公式ホームページには練習問題が出来る様になっているのですが、これが結構難しいのです。とは言う物の坂本龍馬ファンにしてみたら簡単な問題かもしれませんが。
そんな検定も、第2回が行われる事になりました。日程は2010年3月、奇しくも大河ドラマで「龍馬伝」が放映されている時期に開催されるのですから面白い話だと思います。
是非「坂本龍馬 幕末歴史検定」を受けて、自分こそが龍馬命と言う事をアピールしてみてはいかがでしょうか。きっと勉強するのも楽しいと思いますよ。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 土曜日, 1月 23, 2010

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篤姫では玉木宏が坂本龍馬を演じた

2008年の大河ドラマは宮崎あおい主演の大河ドラマ「篤姫」でした。その後半も最後の方になって坂本龍馬が登場するシーンがあるのですが、それを演じたのが俳優の玉木宏です。
坂本龍馬はとても歴史上の人物としてはとても魅力がある人で、役として演じるのでもとても人気がある役どころだそうです。今までにも色んな役者さんがその坂本龍馬を演じてきていました。
それを大河ドラマ「篤姫」では玉木宏が演じると言う事で、どういう格好だったのかとても見てみたい様な衝動に駆られます。既に終わっているドラマですが、かなり高評価だった大河ドラマだっただけに改めて見てみるのも良いのではないでしょうか。
玉木宏本人は撮影に臨む際に、「坂本龍馬を演じる事が出来てすごく嬉しい」と言う事、「楽しみながら撮影をしたい」と言う様なコメントを発表しています。実際に篤姫で坂本龍馬が登場するシーンを見てみたら、今までの優等生的なイメージを一新させた新しい玉木宏を見る事が出来ました。お猿さんみたいで、目に希望があり、とても勇敢な感じの坂本龍馬だった印象を感じる事が出来ます。
「のだめカンタービレ」から玉木宏の人気に火が付いた様なイメージがありますが、ここ最近は露出も多く、多くの映画やドラマ、CM等見ない日は無いのではない位の人気ぶりです。そんな玉木宏が演じた坂本龍馬は篤姫を見ていない人でも見てみたくなるドラマかもしれません。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 金曜日, 1月 22, 2010

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坂本龍馬とフリーメイソン

フリーメイソンとはイギリスで発生された男性のみの秘密結社で、目的としては会員同士の親睦を目的とした友愛団体であると言われています。この秘密結社は世界中に派生したとも言われています。厳密に言うと「フリーメイソン」と言うのは会員個人の事を指している様です。
坂本龍馬もその1人だったのではないかと言われているのですが、その真実も定かではありません。この話の根源になったのは薩長同盟で、元々薩長同盟を締結させる際に各藩が武器を入手していたのですが、その入手先は坂本龍馬が設立した海援隊でした。
その海援隊がどこから武器を入手したのかと言うと、イギリスの武器商品であったグラバーだったのではないかと言われています。そのグラバーがフリーメイソンだったのではないかと言われているし実際にグラバーが住んでいた家の所にフリーメイソンの印が描かれた物があるのですが、実際はフリーメイソンだったと言う事実は何処にもなかった様です。
グラバーがフリーメイソンなのなら、坂本龍馬もフリーメイソンだったのではないかと言う見方も強いのですが、真実が分からない今違うのではないかとも思います。
但し、フリーメイソンの教えはとても寛大な物の様で、差別を無くし、不幸な人々を助け、人類に対して寛容を教えると言ったものだった様です。そんな教えは世界を見据えていた坂本龍馬にとってはとても魅力的だったのではないでしょうか。もしも坂本龍馬がフリーメイソンだったらと言う仮説ではありますが・・・。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 木曜日, 1月 21, 2010

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坂本龍馬が締結させた薩長同盟

坂本龍馬が関係している事に「薩長同盟」と言う歴史があります。「薩長同盟」とは江戸時代の好機である1866年に、薩摩藩と長州藩の間に交わされた政治・軍事を目的として同盟です。他に「薩長盟約」「薩長連合」と言う様にも呼ばれています。
幕末において薩摩藩と長州藩は互いに政治の世界で多大なる影響力を持っていました。その2つの藩が「討幕」と言う思想の点では共通していたと言います。しかし西郷隆盛や大久保利通がいた薩摩藩は、長州藩を会津藩と協力して京都から追放した事から(これが政変や禁門の変)敵対する様になったと言います。
しかし、その敵対していた2つの藩が何故同盟を結ぶまでに至ったのかと言うと、土佐藩を脱藩した坂本龍馬、中岡慎太郎は自身らが立ち上げた亀山社中と言う会社を使って、薩摩藩と長州藩の斡旋をした事をきっかけにして、討幕運動に協力する6カ条を打ち立て薩長同盟を締結させたと言う事です。但しそこに至るまでには様々な会談を経てやっと漕ぎつけたと言う形だった様です。
この薩長連合が成功をした背景には、当初は反対していた西郷隆盛に対して、同じ長州藩の木戸孝允と言う人物が、その理由を打ち明けた事が決め手になったと言われています。
この様に薩摩藩と長州藩が締結された背景には、坂本龍馬が大きく関わっている事がお分かり頂けると思います。表だって行動していない様で、しっかりと行動を起こしているのはさすが坂本龍馬だったと言えるのではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 水曜日, 1月 20, 2010

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おーい!竜馬

武田鉄也原作、小山ゆうが描いた坂本龍馬の漫画「おーい!竜馬」がとても面白いです。もちろん坂本龍馬の大ファンである武田鉄也さんが原作ですので、視点が坂本龍馬でとても良いイメージで書かれているのですが、幕末の時代を書いた漫画としてはとても面白い作品ではないかと思います。この漫画の原作を「司馬遼太郎」と勘違いして読む人も少なくは無いのではないでしょうか。
絵も小山ゆうが書いているので心理描写もバッチリですし、殺されるシーンなんかはちょっと残酷とも思える様な写実性が見てとれます。また幕末の時代に底辺で生きている人達の様々な心情なんかはとてもよく描かれていて、長編漫画なのですが楽しんで読む事が出来ます。
土佐藩の身分格差、内政、坂本龍馬に関係している人達の登場、関係していないだろうけどその時代に生きた人達も交えた内容等、歴史に沿って描かれている様でやっぱりフィクション的な内容は、歴史物の漫画と言う様に楽しんで読み進められたら良いと思います。
その後に興味を持ったら歴史書を読む等して実際にはどうだったかを探っていった方が、入りやすいのではないかと思います。
結構人が惨殺されるシーンが多い為に、お子様が見るのはどうかとは思いますが、時代が時代だっただけに仕方のないシーンなのかなと言うのも正直な所です。
坂本龍馬、岡田以蔵、武市半平太、高杉晋作等様々なキャストが登場しての坂本龍馬漫画を是非一度読んでみてはいかがでしょうか。「もう1つの坂本龍馬」と言う観点で読むと面白いと思いますよ。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 火曜日, 1月 19, 2010

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竜馬がゆく

坂本龍馬を一躍人気者に押し上げた物が、司馬遼太郎が書いた代表作「竜馬がゆく」です。坂本龍馬に関する本で何が好きですか?と色んな人に聞いてもこの「竜馬がゆく」を挙げる人が圧倒的に多いのではないでしょうか。司馬遼太郎と言うと「坂の上の雲」も有名ですが、やはり「竜馬がゆく」が司馬遼太郎の代表作として愛され続けているのではないかと思います。
司馬遼太郎はいくつか幕末維新の事に関して書いていますが、その中でも「竜馬がゆく」は最初に書かれた作品と言う事です。幕末史における人物像、主要な事件、京都を舞台に繰り広げられる政治史等、幕末に関する出来事の大体がこの作品で網羅されていると言っても良い位、坂本龍馬が生きた時代は幕末時代の中心なのです。
特に、坂本龍馬が関わっていると言われる寺田屋事件、池田屋事件、他に大政奉還、禁門の変等に関してはこの小説で明確に表されていると言っても良いでしょう。
そう言った時代に置いて「竜馬がゆく」は坂本龍馬が生きた1日1日を追い続けていく事で幕末の事をより詳しく描く事が出来ると言う面白い作品になっています。また坂本龍馬だけではなく、勝海舟、西郷隆盛、桂小五郎、松平春獄等も重要な人物として小説の中を彩っています。
坂本龍馬の人間像や、政治に関する様々な思い等が色々書かれていて、その流れはまるでドラマを見ているかの様なストーリー展開になっています。それが事実と重なっている事もあって面白く多くの人を魅了して、坂本龍馬を一躍人気者にした秘訣なのではないかと思います。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 月曜日, 1月 18, 2010

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坂本龍馬記念館

高知の桂浜には「坂本龍馬記念館」があります。開館したのは1991年と言う事なのでまだ出来て20年も経っていないのですが、記念館を誕生させるいきさつは1985年と開館より6年も前に有った様です。
坂本龍馬生誕150年を記念して1985年頃、記念事業実行委員会が発足したのが記念館設立に向けての始まりだった様です。
坂本龍馬記念館を作るにあたっては色々と大変だった様で、誰かの支援金で作るというスタンスではなく、青年達の募金活動によって作り上げると言う精神で作られたそうです。これは同じ桂浜にある坂本龍馬像が募金によって作られた事を受けての事だった様です。
その募金を集める為に様々なイベントが行われ1991年にやっと開館を迎える事が出来たと言う事で、坂本龍馬に関する強い思いが伝わってくる様です。
先ず入口に入ると、坂本龍馬の蝋人形があるのですがその姿はやはり凛としていて、視線は世界を見つめているかの様に遠くを見つめています。近代的な建物の中にある坂本龍馬の人形は違和感がなく、新しい事に目を向けていた坂本龍馬には相応しいのではないかと思います。
また、展示物としては龍馬が愛した刀、使っていたピストル、龍馬に関係している人物の銅像の写真等、坂本龍馬に関する資料や物が色々展示されています。
また、案内図録が発売されている等、記念になる物もありますので是非「坂本龍馬記念館」に行ってみて坂本龍馬の人生に触れてみてはいかがでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 日曜日, 1月 17, 2010

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坂本龍馬と亀山社中そして料亭「花月」

坂本龍馬と「亀山社中」の関係についてですが、簡単に言うと坂本龍馬が立ち上げた日本初の「会社」です。創設は1865年で薩摩藩、長崎の小曽根家の協力を得て創設したそうです。この2つが協力をしたのはスポンサーと言う立場からと言う見方もあります。
設立当時、亀山社中は筆頭が坂本龍馬、社員として勝海舟が設立した神戸海軍操練所にいた同志達で発足したそうです。海軍操練所はその時には既に閉鎖されており同志たちはそれぞれバラバラになっていた所を集められたと言います。
「亀山社中」の仕事は裏表が有った様です。表の仕事としては武器や軍艦を斡旋すると言う仕事をしていたのですが、その裏とは武器や軍艦を斡旋どころかイギリスの商人であったグラバー氏から薩摩藩名義として購入をして、長州藩がそれを購入すると言う流れの仕事の仕方をしていた様です。この実績が元々犬猿の仲であった2つの藩に信頼関係をもたらせる事となり、後々「薩長同盟」と言う動きに繋がっていったそうです。
また、長崎にあった料亭「花月」に関しては、龍馬を語る為に外せない物だと言われています。龍馬が作った亀山社中の隊士達は、日々白袴を履いて花月に通っていたと言われています。当時束の間の青春時代を坂本龍馬達は送っていた様です。その広間で酒によって坂本龍馬が花月の柱を斬り付けたと言う話もあり、証拠にその時の傷が今でも残されています。今では花月は文化財指定の「史跡料亭」になっていますが、当時は吉原と同じ様に日本三大遊里の1つとなっていたそうです。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 土曜日, 1月 16, 2010

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坂本龍馬の銅像に関する説

坂本龍馬の銅像が長崎と桂浜にあるのをご存知でしょうか。長崎にある坂本龍馬像は平成になってから建造されたもので、平成元年建造、大きさは地面から5m程の大きさの銅像となっています。腕を組んだ坂本龍馬の表情は凛としていて世界を見つめているかの様な凛々しさが伺えます。
また、高知県の土佐桂浜にある坂本龍馬像は昭和3年に建造されたもので、大きさは地面から13mと本当に大きな銅像になっています。一度内部に亀裂が入り修繕はしましたが、今では右手を懐に入れて何かに寄りかかっている様な、顔はやはり長崎同様凛とした顔をして世界を見ている様な表情で立っている銅像です。
写真にしても銅像にしてもそうなのですが、右手や左手を隠している姿が結構残っている様に感じられます。土佐の桂浜にある坂本龍馬像に関しては右手を隠している事から、何故隠しているのかと言う多くの説があります。
その説をご紹介してみましょう。
・右手には護身用であるピストルを持っている為に、それを隠していると言う説
・右手に「万国公法」を持っている為に、それを隠していると言う説
・右手には常に「懐中時計」を持っている為に、それを隠していると言う説
・坂本龍馬の右手には赤い痣がある為に、それを見られまいと隠していると言う説
と言う様な説があるそうです。一番有力なのは「ピストル」でしょうか。真意は定かではありませんので、銅像を見る皆さんの想像力で色々楽しんで頂ければ良いのではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 金曜日, 1月 15, 2010

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大河ドラマ「龍馬伝」は岩崎弥太郎の視点

2010年放送の大河ドラマは幕末のヒーロー坂本龍馬を主人公にした「龍馬伝」です。この大河ドラマは当時の経済人であった「岩崎弥太郎」(1835~1885)の視点で見た坂本龍馬を描いていくと言うスタイルを取っています。
そんな重大な役割になっている「岩崎弥太郎」と言う人物をご紹介してみましょう。
岩崎弥太郎は、坂本龍馬が生きていた時代に「海援隊」を創設しましたがその時「経理」を担当していた人物だそうです。坂本龍馬と岩崎弥太郎は同じ土佐藩の出身と言う事から顔を知る様になった様です。
その岩崎弥太郎の活躍ですが、1867年の春に発生した「いろは丸事件」と言う事件が起きたのですが、この事件で坂本龍馬は「損害賠償談判」を提起しました。しかし後日になって長崎で談判が行われた際に、岩崎弥太郎は同じく土佐藩である後藤象二郎と共に坂本龍馬に加勢をして、結果的に紀州藩へ8万3000両と言う、その当時では物凄い大金を支払わせる事として同意させたと言う立役者です。
そんな金銭面で大活躍をした岩崎弥太郎は、坂本龍馬が暗殺された後「海援隊」が解散したのですが、土佐藩が大阪に開業させた「九十九商会」を取得して「海援隊」の後進として「三菱商会」と改名をして創設したそうです。岩崎弥太郎は「三菱商会」の創始者と言う事になります。この「三菱商会」はその後色んな遍歴を経て1885年に「日本郵船」として新発足しました。これは岩崎弥太郎が死んだ後の話になります。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by admin  Date: 木曜日, 1月 14, 2010

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