Posts Tagged ‘西郷隆盛’

坂本龍馬が締結させた薩長同盟

坂本龍馬が関係している事に「薩長同盟」と言う歴史があります。「薩長同盟」とは江戸時代の好機である1866年に、薩摩藩と長州藩の間に交わされた政治・軍事を目的として同盟です。他に「薩長盟約」「薩長連合」と言う様にも呼ばれています。
幕末において薩摩藩と長州藩は互いに政治の世界で多大なる影響力を持っていました。その2つの藩が「討幕」と言う思想の点では共通していたと言います。しかし西郷隆盛や大久保利通がいた薩摩藩は、長州藩を会津藩と協力して京都から追放した事から(これが政変や禁門の変)敵対する様になったと言います。
しかし、その敵対していた2つの藩が何故同盟を結ぶまでに至ったのかと言うと、土佐藩を脱藩した坂本龍馬、中岡慎太郎は自身らが立ち上げた亀山社中と言う会社を使って、薩摩藩と長州藩の斡旋をした事をきっかけにして、討幕運動に協力する6カ条を打ち立て薩長同盟を締結させたと言う事です。但しそこに至るまでには様々な会談を経てやっと漕ぎつけたと言う形だった様です。
この薩長連合が成功をした背景には、当初は反対していた西郷隆盛に対して、同じ長州藩の木戸孝允と言う人物が、その理由を打ち明けた事が決め手になったと言われています。
この様に薩摩藩と長州藩が締結された背景には、坂本龍馬が大きく関わっている事がお分かり頂けると思います。表だって行動していない様で、しっかりと行動を起こしているのはさすが坂本龍馬だったと言えるのではないでしょうか。

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Be the first to comment - What do you think?  Posted by  Date: 水曜日, 1月 20, 2010

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坂本龍馬と脱藩

坂本龍馬が生きていた時代である江戸時代では、藩を出る時に藩の許可を得なくてはならないと言う規則があったそうで、藩を出る時に関所を通るのですが、ここで藩の許可を得たと言う手形を見せなくては通れなかった様です。
しかし坂本龍馬が行ったのは「脱藩」と言い、これは藩に無許可で藩を出てしまう事で、今で言うとパスポートを持っていないのに日本を出てしまうと言う事と考えて良いと思います。
坂本龍馬が脱藩したのは1862年3月、龍馬が28歳の時で、長州藩から薩摩に行こうとしていたと言われているのですが、本当のところは定かではありません。
脱藩した年の秋には、龍馬は江戸に行き勝海舟と言う幕府付けの軍艦奉行並に弟子入りしました。この時のいきさつは色々な説がある様ですが、勝海舟が残した『氷川清話』と言う資料には「坂本龍馬は自分を殺しに来た」と言う様に書いてあります。しかし元福井藩主だった松平春嶽が残した回顧録には、「松平春嶽が勝海舟へ坂本龍馬を紹介する為の紹介状を書いた」と言う事になっているみたいで、これをみると坂本龍馬が勝海舟を殺そうとしていたとは全然思えないと言う事になります。
坂本龍馬は勝海舟の為に一心に働いたと言われていて、勝海舟が幕府から命ぜられた仕事の一環として建設された海軍操練所、それに併設された私塾に入門し、勉強しながら勝海舟の片腕として働いていた様です。
その後、勝海舟の使者として西郷隆盛と対面した龍馬は運命的な出会いをしたと言えるでしょう。

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Be the first to comment - What do you think?  Posted by  Date: 火曜日, 1月 12, 2010

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坂本竜馬の名言について

坂本龍馬(さかもとりょうま)は坂本竜馬と言う様に今は書く人も多い様ですが本来の字は「龍馬」です。「竜」は新字になりますので「龍」が正しいです。これは司馬遼太郎が書いた「竜馬が行く」以来、現代で慣用化されている言葉だそうです。坂本龍馬が生きていた当時の日記や書簡を見ると「良馬」と当て時によって書かれていた物が残されている事からも「りゅうま」ではなく「りょうま」である事が伺えます。
そんな坂本龍馬は色々な名言を残していると言われています。それを少しご紹介したいと思います。
【名言】「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」
【意味】世間の人が言いたいのであれば自分の事を言いたいだけ言えば良い、でも自分のやりたい事は自分だけが知っているのだ。と言う様な意味だと思います。
【名言】「善く問いを待つ者は、鐘を撞くが如し」
【意味】ここで言う「善く問いを待つ者」と言うのは良い教師、立派な教師を意味しています。簡単に意味を言うと「善い教師は生徒にとって鐘の様な物である」と言う様に言っています。これはくだらない質問を生徒がした場合にはくだらない答えしか返って来ないが、良い質問をすれば的を得た良い答えが返ってくる。鐘の様な物と言うのは小さく叩けば小さく鳴るし、大きく叩けば大きく鳴ると言うのに例えています。
人間関係を教師と生徒と言う立場から表した教育に関する名言です。この名言は西郷隆盛を評した言葉だと言われています。

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Be the first to comment - What do you think?  Posted by  Date: 金曜日, 12月 25, 2009

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